世界が平和になる
唯一の方法
何もなくても、人は人を愛せる。
世界平和には、条件がいる——そう思われている。十分な富。十分な理解。 十分に整った制度。足りないものを、先に埋めないといけない、と。
でも、それは順番が逆だ。
人間には、何も持っていなくても、 人を愛する気持ちがある。それは教えて身につくものじゃない。持たされて発揮されるものでもない。 条件が揃う前から、もう内側にある。
九つの命題は、一人の中にある核の話だった。内なる神も、個性も、 心の秩序も、愛も——全部、同じ一つの核が違う顔で現れているだけだ。 この核は、外から与えられるものじゃない。もともと、あんたの中にある。
だとしたら、世界平和は、遠くの制度設計の問題じゃない。一人ひとりが、自分の中にある この核に気づくかどうかの問題だ。政治家が交渉して作るものじゃなく、 一人が、また一人が、自分の心の秩序を取り戻していくことの、ただの総和だ。
点に触れてみてくれ。一人ずつ、目覚めさせられる。
法律は、悪いものじゃない。今のところ、必要なものだ。 それは、まだこの核に気づいていない人がいる、という現実に対する、 外からの支えだ。愛がまだ届いていない場所を、ルールが仮に埋めている。
でも、それは代用品であって、本体じゃない。 もし、一人ひとりの中の愛が、本当に取り戻されたなら——外から縛る理由は、 もう要らなくなる。守らせる必要がある、ということ自体が、 まだ何かが足りていない証拠だからだ。
法律がいらない世界というのは、 誰も縛られていない世界のことじゃない。誰も、縛られる必要がなくなった世界のことだ。
これは、今日にも制度をなくせという話じゃない。 向かう先が、どこにあるかという話だ。世界平和の唯一の方法は、 外側に法を積み増すことじゃなく、一人ひとりが、もう持っている愛に、 気づいていくことだ。
何もなくても、人は人を愛せる。世界平和は、そこからしか始まらない。
繋がっている点
自分の中の、その核を見たことがあるか。
ぼぶと話す